His story--Shyamjiってどんな人(6)
#故郷ネパールでは、どんな生活なの?
シャームジは中央ネパールのチトワン生まれですが、一番信頼している次兄のビシュヌ夫婦はカトマンドゥ在住。
したがって、ビシュヌは2週間に1度、バイクで5,6時間かけて、チトワンで農業を営むご両親の様子を見にいっていました。
が、お父様が80歳近くになり、お母様も76歳くらいになり、次第に足元も頼りなくなってきてーーご両親を医療の整ったカトマンドゥに迎えることは、ビシュヌ、シャームジ二人の悲願でした。
# その悲願が叶い、カトマンドゥの一軒家にご両親を引き取ったのは2015年11月。
シャームジはいいましたーー
「神様が力のある友人を授けてくださったおかげで、こうして両親を引き取ることができた。その友人には言葉もないほど感謝している。
父も母も、もうすぐ自分では何もできなくなると、ビシュヌも僕もわかっていたからね」
前にも触れましたが、シャームジは七人兄弟姉妹の末っ子です。けれども、上の兄2人が強欲で、ご両親の住んでいたチトワンの二階屋を売却してしまい、ご両親は小さなトタン屋根の家に住み、牛の世話、農業を営んでいたのです。
# さて、寄り添うように育ったビシュヌ兄には、イサという妻がいます。シャームジから見れば義姉です。このイサが、めちゃくちゃ人使いが荒い。何かというと、大声で、「カンチャ!!(末の弟の意)」と、シャームジを呼びます。
「バウジュー、ケボ(アネキ、何だよ?)」
「大根買ってきて」
「OK」と、すぐさま近所の八百屋さんに行くシャームジ。
それから、一時間もしないうちに、また「カンチャ!!」
「なんだよ、アネキ」
「お砂糖がないのよ。買ってきて」
「はいよ」と、いやな顔一つせず、バザールへ走っていくシャームジ。
ああ、どうしてイサは一度にまとめて頼まないのか? これでは、イサの「パシリ」ではないか!
すると、シャームジがいいました。
「何をいっているの。当たり前のことじゃないか。イサは料理、洗濯、家の掃除で忙しいんだから。僕の両親の世話もあるしね。僕が彼女を手伝うことは、義弟としての義務であり、彼女への愛なんだよ。
それにね、知ってる? カンチャにはもう一つ、べつの意味があるんだよ。それは何かっていうと、『床を掃除する人』っていう意味なんだ。あっはっは」
人間ができているというか、フトコロが深いというか。
何よりも、ユーモア大事!
⁂ 2018年、再来日の折の連続講座でも、シャームジの講義はユーモアに満ちていました。
たとえば、ある日のこと。ピンク色のクルタ(民族服)で現れたシャームジはこういいました。
「今日、僕はピンク色の衣装です。もしも皆さんが、まあ、素敵といってくれたら、
僕はとても幸せです。でも、誰かが、なに、あのピンクといったら、、、しょんぼり、がっくりですよ。僕は神様じゃない。普通の人間なんですから。
「でも、皆さん、外見に惑わされてはいけません。固く一元論に立脚していれば、あなたは私、私はあなたになります。つまり、あなたと私の間に差がなくなるのです。
神は私、私は神。これがサンスクリット語でいうドワイタ(一元論)です」
「いっぽう、アドワイタ、すなわち、二元論では、あなたと僕、僕とあなたがいて、神と私という関係が構築されてしまいます。
ですからね、僕が二元論に堕ちないように、いいね、素敵だね、そのピンクのクルタといってくださいねっ」
――これには、日本人の受講者の間に、どっと笑いがはじけたのでした。
#画像1)ピンクのクルタ
2)シャームを「カンチャ!!」と呼ぶ義理の姉イサと
3)チトワンの川辺の花
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